宮城日本酒PR学部

上杉山倶楽部 伊達男のルーツをさぐる歴史的教養講座『上杉山流酒道』

仙台流酒道師範の勝山酒造 伊澤治平さんに、上杉流酒道を展開していただきました。



この日は、治平さんの取材でNHKてれまさむねの取材も入っての開催。



元禄以降、どのようにお酒が扱われてきたのかを解説いただきました。

藩政時代、城内に酒蔵を抱えていたのは、沖縄の首里城と仙台城の二つだけでした。
↑↑↑ これって、仙台人として自慢できますね!!!

それと当時の精米歩合(削った米の割合)は、88%が最高でしたが、
いまでは、大吟醸で50%以上削ります。

なんていまのお酒は贅沢なんでしょう!


さて、武士の呑み方は、盃を左手に持ち大きく構え、威を張る。



決して小さな話をしてはいけない!

いまでこそ、どんなお酒も酒屋さんで手に入れられますが、
当時は、町酒屋、奉納のお神酒、殿様酒と蔵も酒屋も分かれていたそう。

しかも、町酒屋なんかは何倍にも薄めて、
アルコール度数が2~3%ぐらいだったのではないかということです。

えっ、そんなの水じゃないですか!
でもそれだったら、時代劇で、ぐびぐび呑んでいるのも納得できますね。

うすめずに販売されるようになったのって、ここ60年ぐらいのことだそうです。



さらに、伊達家の古文書を見ると、陶板焼の発祥は仙台らしい。



正宗は、塩山椒をなめて酒を呑んでいたらしい。





歴史を紐解きながら、お酒の解説をしていただきましたが、
日本酒において、「伝統」という表現は、どの時代で区切るかで全然違うので難しいですね。


正宗もそうであったように伊澤さんも、ときには「伝統」というしがらみを捨て、
おいしく呑むためにはどうあるべきかをつき詰めていらっしゃるんだなあと、実感しました。

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